長崎刑務所が諫早に建てられたのは丁度100年前明治40年のことである。そしてこの長崎刑務所は平成4年諫早市小川町に移転した。その結果、野中町の旧刑務所は空家となり15年が経過その間風雨にさらされ、窓ガラスは割れ、屋根が崩落し室内は水びたしとなり、廃墟と化しましたが外観は当時の面影を保っていた。明治時代の近代建築の粋を集めて建てられたこの建物はジャズピアニスト山下洋輔の祖父山下啓次郎氏の設計である。同氏は奈良監獄、鹿児島監獄、千葉監獄、金沢監獄、などの設計でも知られている。当時市内で焼かれた煉瓦は690万個に及ぶと言われている。
平成19年9月より「旧長崎刑務所の保存活用を考える市民フォーラム」に呼応するかのように始まった解体工事は建物の基礎に貴重なアーチ状レンガ造の部分の発見も有ったが写真撮影と測量ののちに完全に解体され全体の解体も平成20年の年明け早々にほぼ完了した。
平成20年1月5日撮影の旧長崎刑務所の敷地写真です。この地は第1種住居地域であるがこの地を購入した東京の民間開発業者は大型ショッピングモールの建設を計画している。法的ハードルはあるが諫早市の協力があれば可能な計画である。地元住民の意見も分かれている。
| 旧長崎刑務所敷地南側から撮影、画面奥に多良岳が見える | 南西角から北側を望む、 左奥に多良岳が見える |
北西角から東側を望む、 画面奥は小野の金比羅岳である |
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| 旧長崎刑務所庁舎を裏側から見る 無残! |
左の撮影位置からし左に回りこんだ所、左側には正門の内側が見える | 正門の南東側から撮影 |
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| アーチ状基礎 | ||
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移転から5年後、平成9年、活用策を求めて見学をした時の写真です。
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| 庁舎玄関左側 | 門を内側から見る | 庁舎玄関ホール | 獄舎の中心部 |
移転から9年後。平成13年、財務省はこの由緒正しき国有財産を紙切れ一枚で公売に付した。
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| 門扉に取り付けられている看板が上記の内容である | |
移転から15年、解体前の姿である
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| 獄舎の屋根が落ちて廃墟状態になっている | ![]() |
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| 拘置舎、比較的保存状態は良いほうである | 屋根の中央明かり取りの部分が落ちている |